その翌日の朝、ベッドから起き上がった私は、寝ぼけ眼でぼんやりと窓の外を見つめていた。 曇天の空からしとしとと降ってくる雨……。 ただ、この雨は植物にとっては恵みの雨に違いない。 そして、この二階の窓の外から見える木々や野草などの緑葉の色つやが綺麗に見えるのはきっと気のせいではないだろう。 そんな事を考えながら、私はふと隣の客用ベッドに目を移す。 そこで寝ていたはずのクロウがいないのは、きっと毎日のランニングをしているからだろう。 普段はのんびりしているクロウですが、そこら辺はとてもストイックでエライのである。(さて、じゃあ私もそんな彼女を見習って、花の水やりをしますか……) そんな事を考えながら私は白のエプロンを手際よく身に着け、一階の花屋に移動する。 と、それと同時にドアを軽快にノックする音が聴こえて来るではないか。(クロウ? それにしては少し早い気がするし……) そんな事を考えながらドアを開くと、なんとそこには可愛らしい黒い傘を畳んで佇むクロウとマーガレットが仲良く立っていたのだ!「あらら、いらっしゃい! 今日は何の用かな?」「いや、この前はあまりお話出来なかったので、それでね……」 少し小声になり、もじもじしているマーガレットを見て、私は色々察した。「あ! ああ、そうね! じゃ、上がって!」 近くにあるタオルを探そうとしたが、2人をよく見ると何故かあまり濡れていない? あ、なるほどなるほど! よくよく考えたらクロウがいる。 おそらく2人は偶然船着き場ででくわし、クロウが雨よけの魔法を使って連れて来てくれたのだろうと私には予想できた。「メエエ……!」 そんな2人を招き入れ、ドアを閉めようとしたその矢先、訴えるような力強い動物の鳴き声が足元から聴こえてきた。「ああ、モコ貴方も来ていたのね。ゴ
(さて、小次狼さんはどんな感じかな?) 私は小次狼さんを探し、その様子を静かに伺うが……。 静かに仁王立ちをし、逆にこちらを見つめている小次狼さんの姿を確認出来た。 その小次狼さんの足元には、全身黒ずくめの男が若干焦げた無残な姿で転がっていた。(あはは、余計な心配だったかな……) そんな事を考えながら、私は手を軽く振りながら小次狼さんの元へ歩んでいく。「あの、見てないで手伝ってくれてもよかったんじゃ……?」「はっはっ! なあに久しぶりにレッドニードルの腕を見たくてな? 嬢ちゃんなら儂のこの気持ち分かってくれるじゃろ?」「ま、まあね……」 心底楽しそうにはにかむ小次狼さんのその姿を見て、私は苦笑するしかなかった。(もう、小次狼さんったら、相変わらずバトルマニアなんだから……。そう、出会った時もそうだったよね) 私は数年前、敵として剣を交えた小次狼さんとの出来事を思い出す。(多分全力で戦ったのってあの時だけだよね……) 再び小次狼さんの足元に転がっている全身黒ずくめの男を見て思うのだ。(多分、小次狼が使った雷遁術でやられたんだろう) 小次狼さんが周囲に展開した雷気は相手の動作を全て感知する。 その中で、雷気を巡らせた目にも止まらぬ疾風迅雷の如き二本の短刀での斬撃……。 相手のリーチが長かろうが、動作を全て把握され目にも止まらぬ動作で動ける小次狼さんにはそんなもの全く意味をなさない。 きっと、わけが分からないまま相手も倒れた事だろう。 そんな事を考えていると、クロウが駆け足でこちらに向かってくるのが分った。「……お2人ともお疲れ様です! 魔法感知で調べた感じでは、もう刺客は見当たりません!」 「儂も雷気で感知していたがク
「……なるほど、確かにそれが一番楽じゃろうな……」「……賛成」 私と小次狼さんはクロウの話を聞き、納得し深く頷く。「じゃ、いきますね!」 クロウは自慢の高速詠唱を始め、私達に身体強化の魔法を色々唱え補強していく。 そのお陰か、私は自身の身が軽やかになり、力が満ち溢れて来るのが分った。「……2人とも用意はいいですか?」 クロウの小声に頷き、静かに抜刀していく私達。 私の手には闇夜にうっすらと輝く真紅の細長いサーベル【レッドニードル】が、小次狼さんの片手には闇夜に同化する刀身の黒い短刀が握られていた。 それを合図に再び高速詠唱していくクロウ。「この者達を眠りの世界にいざないたまえ……」 あっという間にクロウの呪文が完成し、私達の借り部屋から壁越しに誰かが倒れる音がわずかに聞こえて来る。 そう、この物音を感知出来たのもクロウの唱えた身体強化の魔法の恩恵なのだ。「な、何事だ⁈」「これは、魔法だ⁈ ち、近くに魔法使いがいるぞ!」 あちらさんも間抜けではないだろうから、そんな話は流石に聞こえてはこない。 が、きっと私達の借り部屋では賊達のそんなジェスチャーでの取りが行われているだろう。「小次狼さん!」「……こっちに2人向かってきておる。後は寝ておるな」「じゃ、私と小次狼さんで1人ずつね!」「では私は後方で2人の援護をします!」 私達は頷くと同時に各自身構え、戦闘態勢をとる! 「嬢ちゃんは右側を、儂は左側を相手にする!」「了解!」 横目で小次狼さんの相手を見ると、全身黒ずくめの戦闘服を身に纏い、一振りのブロードソードを両手で握り静かに構えている。 その剣に赤き炎が揺らめいている事から察するに、おそらく魔法剣かマジックアイテムの使い手だろう。 また、隙間から覗く鋭い眼光と俊敏な体重移動から、かなりの使い手であることが私にも理解できた。(しかもクロウのスリーピングの魔法に耐性があるって事は即ち強敵って事なんだよね) 相手が構えているブロードソードは約80センチくらいの両刃の剣、対して小次狼さんが構えている短刀は約40センチ程。 武器のリーチ面だけだと、一見小次狼さんが不利に見える。 けど、まあ大丈夫だろう……。 それよりも……。 今度は私が対峙している相手の様子をよく観察する。 全身黒ずくめの体格からも分かる、い
(このままここにに滞在すると、また別の予期せぬ来訪者たちが来る可能性が高いかな……。もっとゆっくりしたかったけど、迷惑をかけるのは営業妨害になっちゃうしなあ……) ワインを飲み終わった私はクロウと目を合わせ、互いに無言で頷き会計を済ませることにする。「すいません、これお会計の代金。それと、これはご迷惑をかけたほんのお詫びです。ほんと、ごめんなさいね……」「め、滅相も無い。それよりもお怪我は?」「ないです。ごめんね、心配かけちゃって……」「い、いえ、こちらこそ! またのご来店をお待ちしてます!」 何も知らない身ぎれいな会計人の青年は、私達に心配の言葉をかけ深々とお辞儀をする。(まあ、詳細は流石に説明出来ないし、本当にごめんなさいね) ということで、私達はお店にお詫びの一言、更にはその迷惑料と食事代の金貨数枚と少し多めのお支払いを済ませ、早々にお店を出る。「……クロウ、小次狼さんの居場所は分る?」「うーん? 実はお店から小次狼さんが出て行かれた時から魔法感知してるんですが、分からないんですよね……」「えっ!」「ああ、お亡くなりになって生命反応が無いとかではなくて、小次狼さん自体が元々魔法感知対策で何かしてらっしゃるみたいですよね」「そっか、流石は小次狼さん。心配ではあるけど、先に宿に帰宅して待ちましょうか」「そうですね! あの程度の相手なら私でも返り討ち出来ましたしね」「あっ、貴方その物言い、もしかして店内では何かカウンター魔法を詠唱済みだったの?」「はい! 簡単な防御魔法は常時かけてますので!」(よくよく考えたらこの子も、もうエターナルアザーの上位幹部だし、すっかり一人前になっているのよね……) 私はこの時百年という年月の重さをしみじみと実感してしまった。「じゃ、こんな時は合流しやすい場所に移
「ふむ、まあこれで花屋に聞く内容はあらかた決まったかのお……」(よくよく考えると私達は小次狼さんが具体的に何の確認をしにいくのかは知らないのよね……) とか考えていると目の前に、花屋リランダの看板が見えて来るので急いで中に入る。 店内にはカラフルに咲き誇ったチューリップなど丁度季節ものの花や、マジッアイテム温室で栽培された花々などが綺麗に陳列されていた。「ほお、中は喫茶店並みに広いのお……」「あ、レイシャ様、オシャレな小ばさみも売ってますよ!」「そうね。あ、この小動物の陶磁器も可愛らしいね」 王室ご用達であるからか洒落た小物や鉢なども販売されており中々センスが良く、「赤レンガで作られた小洒落たお店」 印象はそんな感じだ。「おや? 貴方達は先程店の前に立たれていた御仁の知人ですか?」 すると、白のエプロンを着た、チョビ髭のちょっと小太りの愛層が良いオヤジさんに私達は話しかけられる。「ああ、閉店間際にすまないね。丁度知人のイハール殿とそこでお会いしたもので、少しばかりお話をしていたのですよ」「えっ! ああ経営主様とお知り合いでしたか! これは失礼を……」 ホウキで店内を掃除していたオヤジさんは申し訳なさそうに、こちらに向かって軽く会釈をする。 その様子に少し、ほんの少しだけ眉を潜めた小次狼さんは少し間を置き、再びオヤジさんに話しかける。「だいぶ前の話になりますが、紫色のヘリオトロープを最終的に頼まれたのはイハール殿本人ですかな?」「は、はあ、よくご存じで……」(え、ええっ!) 私は小次狼さんと花屋のオヤジさんの会話の内容に驚き、思わず声がでてしまいそうになる。「ふむ、では最後にもう1つ。その話をイハール殿がされたのはもしや夕方以降では?」「は、はあ、確かにそうですが。よくそんなことまで、よくご存じで……。流石は知人であられる」「いや、なに今後商売をしていく中で、イハール殿がどんな方か知りたくて色々店主殿に聞いた次第です。お仕事のお邪魔をしてしまい申し訳ない……」 小次狼さんはそんなオヤジさんに対し、にこやかに笑い軽く会釈するのだ。(う、上手い! 流石小次狼さん……) 最小の会話で最大の情報を引き抜く。 流石は元忍びの統領、トーク能力も超一流である。「あ、お話中すいません! この子リスと小鳥さんの陶磁器を1つずつ下さい
「ブラッド青年は凄腕のエンチャント師だったのかあ……」 「儂もそれは見抜けなかったのお。なにしろ特化した能力の持ち主は他の能力は極めて低かったりするからなんじゃがな……」「ですよね……」 私と小次狼さんはオレンジ色に染まる街並みの中、レンガ道を1人陽気なステップを踏んでいくクロウを見つめる。 そう、この元気っこクロウを例に例えるとしよう。 彼女は見ての通り、魔法や俊敏さは極端に長けているが、どうしようもない方向音痴とか素直過ぎる性格とか何かしら重大な欠陥が目立つわけだ。 だが、ブラッド青年はそれに比べ完璧すぎる。 家柄も良く、賢く、お金持ちだし、容姿端麗で多分身体能力もほどほどに高そう。 と、他にもありそうだけど兎に角欠点が見つからない。 更に国宝級のエンチャント師とか流石に能力の盛りすぎである。「小次狼さんは何が引っ掛かってるの?」 「一言で言うとペンダントじゃな……。あとは深くは言うまい」「確定情報でないものを腐すのは、仕事柄上信用失うものね……」 「そう、当然じゃな」 私と小次狼さんは思わず笑顔で互いの顔を見合わせる。 そう、だから私は小次狼さんを信用しているし、きっと小次狼さんも同じだろう。「ブラッド青年との商談は此処に滞在しているから後回しで良いとして、今はエターナルアザーの長の手掛かりを探すのが先よね」 「そうじゃな……」(というのも、私が組織に戻る戻らないや今後の商売の方法も長の生死でかなり変わってくるのよね。生きていたとしてもあれから百年経って考え方が変わっていれば……ね)「ところで嬢ちゃん達は長の名前は知らないのかの?」 「え、ええ……。秘密主義だったのでおそらく組織の誰も知らないのかなと」「私も聞いて無いんですが……。あ、でも」 「でも?」 私達はクロウの何か知ってそうな物言いに、思わずピタリと足を止めてしまう。 そう、クロウは長が信頼していた数少ない部下であり接している時間は私より遥か